「元ジッターズが考えるジッタリン・ジンの現在とこれから」アイキャッチ

先に「ジッターズ」の説明を。
Jitters(ジッターズ)というのはJITTERIN’JINN(ジッタリン・ジン)のファンクラブの名称。自分がジッタのファンであり、元ファンクラブの会員ということです。

元々、この記事では全体的な活動状況についても書いてました。
ただ、2019年4月に公式youtubeチャンネルが開設されたのを機に、それらの内容は次の記事にまとめました。

ジッタリンジンの現在と公式youtube動画について

この記事では2011年からの活動休止前後の様子や、自分が「2010年に解散しそうと思った出来事」、そしてジッタのこれからについて思うことを書いてます。

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JITTERIN’JINNのファン歴とファンクラブ「ジッターズ」に加入した理由

自分がジッタリンジンを知ったのは2000年のこと。
ホワイトベリーというガールズバンドがジッタリンジンの「夏祭り」のカバーして大ヒットのがキッカケです。

正確にいうと、その数年前、あるお店のラジオで流れていた「GOOD LUCK」を聴いたのが初でした。

鮮烈でした。一瞬で鷲掴みにされました。

が、ラジオだったのでその時は曲名もアーティスト名もわからず。
当時は携帯も持ってなかったので探しようがなく、もどかしい思いのまま、数年が経過。

ホワイトベリーの「夏祭り」でジッタの存在を知り、「あの時の曲」に再会できたというわけです。

ジッタは90年代前半は世間の認知度も高かったんですが、90年代中盤からはインディーズに拠点を移し、一般的には活動してると認知されにくい状況でした。

2000年にホワイトベリーの「夏祭り」のカバーが再ヒットした頃も、自分の記憶にある限りテレビに出たのは1回だけ。

ファンクラブに入会したのは、そうしないとジッタの情報がなかなか入ってこなかったというのが大きいです。

しかし、途中で会費を払い忘れて自動的に解約…(今でも後悔)。
そのまま脱退状態でしたが、それからもずっと曲を聴き続けています。

ジッタリンジンの活動休止(2011年)前後の様子

ジッタは90年代中盤以降は目立った露出はありませんでしたが、実際はコンスタントに活動を続けていました。

自分はライブ活動最後の年の2009年まで計6回ライブに行ってますが、毎回満員。
チケットが取れないことも多かったです。

計10枚のオリジナルアルバムも、すべてジッタにしか鳴らせない、ジッタの真骨頂と言える唯一無二の傑作ばかり。

世間的に売れていたのは90年前半だけですが、それ以降もずっと全盛期と言っていいほど、作品の質やライブの集客に一切陰りは見えませんでした。

2011年5月にファンクラブ「ジッターズ」が休止

そんな中、2011年5月のジッターズの会報で「FCを休止する」という連絡があります。
(当時、脱退してた自分は複数の現役会員さんのブログや掲示板でこの報告を知ります)

そして、それを最後にバンド活動も休止状態となります。
それから個々のメンバーの活動含め、ジッタリンジン関連の新しい話題は本当に何一つ聞こえてきませんでしたね。。

なので、2011年からyoutubeチャンネル開設まで目ぼしいトピックはないと言えばないんですが。
気になったのは最近も問題になっている「トレンドブログ」のジッタ記事が目立つようになったこと。

最初にこの記事を投稿した2017年はまだwikipediaにも解散とも休止とも記載がありませんでした。
公式サイトにも何の情報も載ってないこともあって、「ジッタは今も現役で活動中!」という記事が徐々に目に入るように。

自分がかつて検索した2000年頃は、実際にまだ活動中でボーカルの春ちゃんこと春川玲子さん自身がHPやブログを更新していました。

ライブも精力的にやってると知り、歓喜しました。

もし、以前の自分のように検索したファンが「現役で活動中」というサイトばっかりだったらぬか喜びするかもしれないし、それは結構残酷なことだな…、と思ったのが、ジッタの記事を書き始めたキッカケです。

ジッタリンジンが「解散しそう」と感じた理由

あくまで推測なので、参考程度に読んでもらえたらと思います。

まだ、FCの休止報告の前。
2010年に自分がジッタの活動はこれで最後かもと「解散を予感させた出来事」がありました。

もっと言えば、ジッタを知った2000年には「今後何十年も活動はしないだろう」という予感がありました。

唐突ですが、自分にはジッタ以外にも熱烈に好きなバンドがいます。

例えば、甲本ヒロトのクロマニヨンズやチバユウスケのbirthday。
どちらも20年近く愛聴し、昨年も2回ずつライブに行ってます。

でも、どちらもファンクラブには入ってないし、入ろうと思ったこともありません。

ファンクラブに入って、かつ1ツアーの中で3回もライブに行ったのはジッタだけです。

その理由はヒロトやチバは「死ぬまでバンドを続ける」と思っているからです。
今でも、2人は動ける限りライブを続けることを1ミリも疑ってません。

でも、ジッタの活動からは、(なんとなくですが)そこまでの絶対的な雰囲気は感じ取れませんでした。

歌詞の内容などからも、ずっと等身大で歌い続けるのは難しいかもな…と思う部分がありました。

だから、初めて知った当初から「活動の終わり」を予感して、「行ける時にライブに行っておかなければ」という心境でした。

元々そんな感覚だったこともあり、2010年のある出来事でその「終わり」を直感。

(ファンクラブの会報を除けば)実際現在に至るまでそれが最後の活動の痕跡となっています。

解散を予感させたある出来事とは ー松本大洋とのコラボPVを発表

JITTERIN’ JINNは1990年に発表した「夏祭り」から20年、2010年にペアソングの「なつまつり」を発表しました。

曲は同じで、歌詞の内容が男の子目線だった「夏祭り」に対し、女の子目線のものになっています。

「なつまつり」自体は元々「夏祭り」と同時に発表される予定だったもので、20年前から存在したということです。

[参考]ジッタリン・ジン、「夏祭り」発売から20年後に真実を明かす| BARKS

そして、このPVの作画を担当したのが、「ピンポン」や「鉄コン筋クリート」などで知られる漫画家の松本大洋です。

なぜ、コラボPVの制作で解散を予感したのか?
たぶんそんな風に受け取ったファンはあまり、というか、まずいないと思います。

このPVはニュースなどで「メンバーから元々親交のあった松本大洋に依頼」という形で紹介されています。

でも、メンバー、というよりボーカルの春ちゃんの松本大洋に対する思いは上記の文面以上のものがあります。

そのため、自分はこのPVを見た時、「最後に松本大洋と作品を作りたいと思ってこのPVを制作したんじゃないか」と感じました。

「ジッタリンジンを好きな人は松本大洋も好き」

以前まだブログを公開していた頃、春ちゃんは松本大洋が大好きとブログで公言していました。

正確には覚えていないし、もうブログは閉鎖されているので確認はできません。

でも、春ちゃんが
「ジッタリンジンを好きな人は松本大洋も好き(だから、読んでみて)」
とファンにすすめていたのはハッキリ覚えてます。

なぜなら、自分も春ちゃんに負けないくらいの松本大洋のファンで、全く同じことを思っていたからです。

自分が考えていたことを春ちゃんが言っていたので嬉しかったです。

アーティスト自身が「自分たちの音楽と通じるものがある」とまで言い切るのはよっぽどだと思います。

(余談ですが、ジッタのアルバムは廃盤で入手しづらいものがありますが、松本大洋のデビュー作「STRAIGHT」も絶版で入手しづらく、そういうところも似てます…)

「なつまつり」のPV以前にも、ファンクラブの会報のイラストを松本大洋が手がけてたことがありました。

会報誌のイラストを描いてもらえることになった際も、春ちゃんは大喜びしたとブログに書かれていたのを記憶してます。

松本大洋とのコラボPVはまるで最後の記念のように思えた

そんな大ファンの松本大洋とのPVはまるで卒業写真のように思えました。

もしくはお別れの前にもらいにいく制服の第一ボタンのような。

新曲の一般発売自体、「サムライガール」から実に9年ぶり。
もちろん、「なつまつり」のPV制作は「夏祭り」発表20周年記念という理由も考えられます。

でもやはり「松本大洋とPVを作りたい」という動機も大きいと自分には感じられました。

最後に、自分たちの代表曲で、一番好きな漫画家とコラボ作品を作りたい。

「記念に写真に残しておきたい一番大きな打ち上げ花火」

このPVからはそんな印象を受けました。

できればただの勘違いであってほしいと思いつつ、その印象は活動が途絶えたまま、年が重なるごとに増しています。

それが2010年にジッタが活動を終えるんじゃないか?と思った理由です。

さいごに。復活の日を願いつつ

一つ気になる情報をネットで見かけたので、それにも触れておきます。

2009年のmixiのジッタコミュニティには「10月7日に新しいアルバムが出る。」や「発売中止になった」という情報も書き込まれてます。

アマゾンの情報がのっていて、品番まで書いてあるので本当っぽい感じがします。

2009年10月にnewアルバムが(なんらかの事情で)発売中止。
2010年8月に(自分が「終わり」を予感した)松本大洋とのPVを制作。
2011年5月にファンクラブの会報で「活動休止」を報告。

この一連の流れを意味深に捉えると、アルバムの発売中止は急遽重大な何かが起こったように思えるし、PVはますます「最後」を意識して作ったように思えてきます。

消えたnewアルバムの噂の真相…気になりますね…。

と、ここまで縁起のよくないことばかり書いてきました。
今後は活動しなさそうな印象をもたれたかもしれません。

でも、一番重要で客観的な事実は「解散宣言はされてない」ということ。

2009年10月10日のデビュー20周年記念ライブに行った人のブログにこんな記述があります。

『20th Anniversary | TMB BLOG』

 

ボーカル 春川さんのMC
「マイペースすぎてなかなかアルバムも作れへんけど、新しい曲も何曲かできました」

ドラム 入江さんのMC
「メンバーとドラムに囲まれて演奏してるときが一番幸せです」

ギター ジンタさんのMC
「ジッタリンジンが大好きなので、一日でも長く続けていきたいです」

また、2007年のジッターズの会報83号にはこんなインタビューがあります。
「自分に生まれて良かったと思うところは?」という質問に対する3人の答え。

 

春川さん
「親も含めて人に恵まれたこと。バンドも含めて結構人生楽しいとこ」

入江さん
「ドラマーであること。バンドとお客さんに恵まれてること」

ジンタさん
「ジッタリンジンにいること」

読んでて結構ジーンとするものがありますね。

20年一緒にやってきて、こんな風に思える人たちがそう簡単に終わるはずがないです
この空白の数年間も、ただ「マイペース」なだけであって欲しいです。

ジッタリンジン ファンクラブ「ジッターズ」会報

ファンクラブの会報。切手が奈良の大仏というのがジッタリンジンらしい。

さいごに、この記事で言いたいことをもう一度確認。

  • 「ジッタは活動中」という記事も見かけるけど、現状はしばらく活動休止状態なのでうのみにしないこと
  • ジッタ好きは松本作品もぜひ読んでほしいこと、春ちゃんもそう言ってたこと
  • ジッタリンジンも松本大洋も最高ということ

それだけ念を押しつつ、ジッタの曲名通り「アスタ・ラ・ビスタ!(スペイン語で『さようなら!またいつか!』)」と願いながら、ジッタの復活を待ち続けたいと思います。

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