松本大洋は特殊な漫画家です。

作風が極めて独特である上に、作品ごとに作風がガラッと変わる。
にもかかわらず、どの作品も「松本大洋」としか言えない濃密で唯一無二の世界観を作り上げている。

一方で、苦労知らずの天才という訳ではなく、デビュー作から「鉄コン筋クリート」まで5作連続で不発。
自分がファンになった90年代中盤もまだ「一部のコアなファンの間で人気」というイメージでした。

が、連載時は打ち切りの憂き目にあった「ZERO」「花男」「鉄コン」も増版やメディア化を重ね、長く愛される人気作に。
(「ZERO」「花男」は編集部的には「打ち切りではなかった」と否定。ただ、松本本人は打ち切りだったと感じるほど読者アンケートでは不評だったそうです)

この経歴だけでも十分「普通の漫画家」じゃありません。

そんな松本大洋も1988年のデビューから30年以上が経ち、連載作品も10作を超えました。

やはり読者を選ぶ作品もありますし、正直、「一作目」でオススメできるのはかなり限られてる気がします…。

そこで、この記事では初めての方向けに、「松本大洋の魅力」「入門向けにオススメの3作品」を紹介します。

【参考・出典】 「松本大洋本 2018」

漫画家 松本大洋の5つの魅力

とても一記事では語りきれませんが、簡単に5つほど。

① イラストとして成立する絵の存在感・多彩な画風

出典「鉄コン筋クリート 1巻」

一番に思い浮かぶ魅力はやはり独特な絵柄。
同時に初期の頃ほどアクが強く、一般受けしない要因でもあったと思います。

初期は魚眼レンズ風な表現や版画風、中期以降は水彩画風、ピカソ風キュビズムと個々の特徴は色々挙げられます。
そんなもろもろを引っくるめて、他の漫画との違いを一言で言うと、「イラストとしても成立するような強さ」

一般的な漫画の絵はストーリーを伝えるための「手段」ですが、松本作品の場合は、一コマ一コマの絵そのものが「目的」。
絵だけで作品として成立するような存在感があります。

それが、松本大洋の絵がTシャツやCDジャケットなど、あらゆるグッズに用いられる理由でしょう。
自分がファンになったキッカケも実は漫画ではなく、イラストを見て衝撃を受けたことでした。

そんな絵に惚れた自分も、初めて「竹光侍」を見かけたときは、松本作品と気づかずスルー…。
多彩というか、多彩すぎるというか、そんな漫画家、他にいない気がします。

② 魅力的なキャラクターとセリフのカッコよさ

出典「ピンポン 1巻」

絵や表現自体に「作者のこだわり」が強いと、「仏作って魂入れず」になりがちです。
(具体例を書きたいけど、自重)

松本大洋がスゴイと思うのが、表現へのこだわりが全開であると同時に、ちゃんと分かりやすい面白さも詰まってること。(主に短編作品に例外もあり)

読者は生き生きと動くキャラクターに感情移入し、ドラマチックなストーリーの展開に目をみはる。

当たり前ではありますが、そんな「普通」の魅力もあるからこそ、コアな人気を獲得しつつ、多くのライトなファンにも届くのだと思います。

キャラに関してもう一つ言うと「セリフのカッコよさ」。

「ピンポン」の「高校ハネったら海外行く構えよ」(ペコ)、「血は鉄の味がする」(スマイル)、「風の音が邪魔をしている」(チャイナ)、「飛べねえ鳥もいるってこった」(アクマ)など、カッコいいセリフの宝庫です。

③ 各作品に共通して見られる作家性

出典「ZERO 1巻」

共通する作風は色々ありますが、一つ挙げると「二項対立の関係性・異能の2人の衝突」

例えば、
「ZERO」の「五島とトラビス」
「ピンポン」の「ペロとドラゴン」
「竹光侍」の「瀬能と木久地」

明と暗。陰と陽。性格や資質は違うけど、お互い突出した才を持つ異能の2人。
ストーリーが進むにつれ、2人の摩擦熱はグングン上昇し、「異次元の高み」へと昇華していく。

そんな構図・関係性が各作品に見られ、松本作品の醍醐味になってます。

④ 音楽的なリズム感のある読み心地

出典「青い春」巻頭イラスト

一番この特徴が顕著なのは短編集「青い春」の「夏でポン!」「ファミリーレストランは僕らのパラダイスなのさ!」「だみだこりゃ」といった作品。

これらは内容的にはナンセンスで、ほとんどテンポだけで読ませる作品。つまり「リズムが作品の核」になってます。

「リズム、読み心地がアイディアの主体」という漫画自体、すごく珍しい。

特にアクション物、スポーツ物だとこの特徴が活きていて、漫画という静的な表現の中に脈打っている、松本作品独特の動的な感覚・リズム感に浸れます。

⑤ 独自の世界観による濃密な読書体験

出典「ナンバー吾 1巻」

自分の中で漫画というと、「移動中の合間とかに読むもの」という感覚があります。

言い換えると、「パッと入り込めて、パッと離脱できるエンタメ」。

でも、松本作品はそんなインスタントな心構えでは入り込めません。
(もちろん気軽に読んでも楽しめますが)

これは「ピンポン」の特装版で脚本家 宮藤官九郎も同様のコメントをしてました。

「僕にとっての松本大洋漫画。それは普通の漫画と読む前の心構えが違うってことです。大洋さんの世界に自分から入っていく。」

松本作品は複雑でも難しくもないのに、どこか遠いところへ連れていかれるような奥深さと濃密さを持ってます。

自分は松本大洋の本を初めて読む際は、いつもなんとも言えない緊張感を感じるんですが、そんな漫画は松本作品だけです。

入門向けにオススメな松本大洋の漫画 3作品

現在、連載作品は12作品です。
短編集を含めるともっと多いですが、やはり最初は連載作品の方がおすすめ。

「STRAIGHT」「点&面」は本人が納得いかない出来で絶版だったり、未刊行の状態。「東京ヒゴロ」は連載中なので、この3作品は除外してます。

松本大洋の連載作品
1988STRAIGHT全2巻 絶版
1990点&面未刊行
1990ZERO全3巻
1991花男全3巻
1993鉄コン筋クリート全3巻
1996ピンポン全5巻
2000GOGOモンスター全1巻
2000ナンバーファイブ 吾全8巻
2006竹光侍全8巻
2010Sunny全6巻
2016ルーヴルの猫全2巻
2019東京ヒゴロ連載中

①「ピンポン」

一番に挙げるなら、やはりこの作品。
1996年に連載開始した6作目「ピンポン」。全5巻。

高校卓球をテーマに個性的なキャラクター達が織りなす超一級の熱血スポ根漫画です。

才能にあぐらをかいた天才・ペコと、努力で開花する天才・スマイル。
敗北を許されない苦悩の王者ドラゴン、卓球王国、中国からの留学生チャイナ。
そして、どれだけ努力しても報われない凡人、アクマ。

全員が主人公と言ってもいいくらい、どのキャラも魅力的です。

「努力・勝利・友情」という少年漫画の王道を踏まえつつ、「勝ち様」より「負け様」がより印象的なのが松本大洋らしさかもしれません。

1990年代初期の「ZERO・花男・鉄コン筋クリート」はあらゆる面で個性的。
対して、2010年代の「Sunny」や「ルーブルの猫」はより開かれていて大衆性も高い。

6作目の「ピンポン」はその両端の最高点を叩き出していて、最も個性的かつ普遍的という松本大洋の特殊性を最大限に発揮している作品だと思います。

「ピンポン」は2004年に窪塚洋介主演で映画化。
2017年にはテレビアニメ化もしてます。

どちらもあまり期待せずに観たら、両方ともかなり良かったです。
特にアニメ版は想像をはるかに超える出来でした。

②「鉄コン筋クリート」

1993年に連載開始した5作目「鉄コン筋クリート」。全5巻。

連載時は不評だったらしく、全5巻の予定のところ3巻で打ち切りになった作品。
でも、のちにアニメ映画化もされていて、ある意味一番の出世作です。

松本作品は「あらすじ」だけじゃ面白さが全く伝わらないんですが、とりわけ「鉄コン」はそう。

宝町を舞台にシロとクロという2人の浮浪少年が、ヤクザや警察、謎の組織と血湧き肉躍る抗争を繰り広げながら、自分たちの自由を掴むまでのストーリー、
だけじゃそもそも意味が分からない。

SFでもファンタジーでもないのにシロとクロは空を飛べるし、後半にいくにつれ現実と幻想の境界も消えるしで、読んでも色々分からない。
だけど、キャラの心情や世界観はグイグイ伝わってくるし、読んでて楽しいし、痺れる。そんな作品です。

(「非現実な事柄を非現実的に描かない」表現はいわゆる小説技法の「マジック・リアリズム」に近くて、これも松本作品の大きな特徴だと思います)

自分が初めて読んだ松本作品はこの「鉄コン」。

絵のタッチからセリフから、全てが「普通の漫画」からかけ離れていて衝撃的でした。
一時期、毎日読んでいたので何百回読んだか分からないくらいです。

個人的にそんな新鮮なインパクトを受けたので、気持ちとしては一作目に「鉄コン」を勧めたいところ。
が、打ち切りになった理由も分からなくもないので…、「ピンポン」の方が間違いないという感じです。

2006年にアニメ映画化された「鉄コン」は、めちゃくちゃクオリティが高いと思うけど、個人的にはイマイチでした。

絵柄含め良くも悪くも映画版の個性が強いので、原作ファンほど好みは分かれそう。
(でも、今アマゾンの評価見たらかなり高評価でした)

その点、アニメ版「ピンポン」は原作に忠実な上に+アルファのアレンジもされていて、素晴らしかったです。

③「Sunny」

2010年に連載開始した10作目「Sunny」。全6巻。
「Sunny」はまた前作「竹光侍」からガラッと絵柄も作風も変わっています。

水彩画のような緻密で柔らかいタッチは全作品の中でも最も多くの人に好まれそう。

舞台は様々な事情で親元を離れることになった子供達を預かる施設「星の子学園」。
そこで悲喜こもごもに暮らす子供達の姿が描かれてます。

この作品の注目すべき点は松本大洋の自伝的作品であるということ。
松本大洋も子供の頃6年くらい親元を離れて施設で暮らしていて、その経験が下敷きになっているそうです。

一つ軽くネタバレになりますが、作中車を盗んで施設を逃げるシーンがあって、それも小学生の時の実話というのは驚きでした…。
「普通」を逸脱したセンスは、そんな人並外れた子供時代にあるのかもと想像させます。

時代設定も作者の子供時代の1970年代。
作中、BGMとして流れるピンクレディやジュリーのヒット曲が昭和を感じさせます。

「Sunny」というのは施設の裏に捨てられた廃車で、実在する日産自動車の車名に由来してます。

一番の見どころは、「親と一緒に暮らしたい」という子供たちの切実で切ない心情が鮮やかに描かれているところ。
でも、湿っぽくなりすぎないところがすごくいいです。

正直、ラストは全作品の中でも「あれ、これで終わり…?」な読後感でした。
(もっと読み込むとまた印象は変わるかも)

ただ、それを差し引いても、あり余る魅力が詰まった名作です。

さいごに

松本大洋の魅力とおすすめ作品の紹介でした。

個人的にはどれも好きなのでどれから入ってもいいと思いつつ、さすがに「GOGOモンスター」や「竹光侍」は違うかなという気はします。

「ナンバー吾」もファンになってからの方が良いかと。
この3つ以外なら、最初に読む作品としてアリだと思います。

ちなみに「花男」はエレファントカシマシの同名曲にインスパイアされて描かれた作品なので、エレカシファンにオススメです。