2015年に亡くなったアーティスト

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好きなアーティストや曲が増えるのは嬉しい反面、訃報に悲しむ機会も多くなる。
2015年は例年に増して、そんなニュースが多かった気がするので、自分なりの思い出とともに、振り返ってみたい。

2月14日 シーナ (61歳/子宮頸がん)

シーナ&ザ・ロケッツのvo、SHEENA。
シーナに関しては多分れっきとしたファンとは言えない。
きちんとアルバムを聴いたこともなく、よく聴いていたと言えるのは代表曲である『ユーメイドリーム』のみ。

知ったのは10数年前で、キッカケは大貫憲章のロックイベント「ロンドン・ナイト」の20周年記念盤。
このアルバムの最後に『ユーメイドリーム』が収録されている。

『you may(夢)』と『dream(夢)』をかけているのか、ウマイなー、とタイトルも印象的だった。

4月8日 千葉はな(36歳/乳がん)

羊毛とおはな(ようもうとおはな)という男女のアコースティックデュオのvo、千葉はなさん。
10年ほど前にVILLAGE VANGUARD限定でアルバムを出していて、それを店で見かけて聴いてみた。

春の陽だまりのような、冬の暖炉のような、とにかく歌声が温かい人。

『カントリーロード』や『デイ・ドリーム・ビリーヴァー』など各アルバムにはカバー曲もたくさん収録されている。
着丈のあってない服みたいなカバー曲もあるけど、千葉さんはどれも自然体で着こなしていて、オリジナルとは一味違う良さを引き出しているのも好きなところ。中には原曲を超えてると思えるものも。

一番よく聴いているのは『LIVE IN LIVING’08』

好きな曲を一曲挙げるとしたら同アルバム収録、『揺れる』

カバーなら『perfect』(原曲:フェアーグラウンド・アトラクション)

4月30日 ベン・E・キング(76歳/自然死)

いわずと知れた『スタンドバイミー』で有名なソウル歌手。
この方もアーティストとしてより、『スタンドバイミー』単体で馴染み深い。

この曲は確か小学校の給食の時間とかにBGMでかかっていたのでほぼ毎日聴いていた。
でも、きちんと意識して聴いたのは高校の頃、映画『スタンドバイミー』を観た時。

映画を観てすぐサントラを買い、原作であるスティーブン・キングの中編集『恐怖の四季 秋冬編』も読み、キングにもハマった。

話が逸れるけど、スタンドバイミーの原題は『The Body(死体)』という味気ないことこの上ないもの。

『ショーシャンクの空に』も『恐怖の四季』の『春編:刑務所の中のリタ・ヘイワース』というこれもまた無味乾燥なタイトルで収録されている。
物語はもちろん面白いんだけど映画の邦題とのギャップがすごい。

『スタンドバイミー』では脇役だった不良(エース)の俳優が、のちに『24』でジャックバウワーとして主役を張っていたのも感慨深い。

購入した映画のサントラ。The Chordettesの『lolipop』も好き。

断片的な映像を眺めるだけで込み上げるものが…。
最後リバー・フェニックスがスゥッと姿を消すシーンは本人も夭逝した事実と重なって何度観ても切ない。

5月3日 澤“sweets”ミキヒコ (24歳/急性心不全)

2015年3月にメジャーデビューした男女3人組エレクトロポップユニット「ふぇのたす」のデジタルパーカッション担当。

3月にデビューして、4月にラジオでかかった曲を聴いてファンになり、5月に急死、のちに解散発表、と、、
24歳という年齢もさることながら、アーティストとしてもあまりにも急で早過ぎる。

作詞作曲は他のメンバーだし、新メンバー加入で活動継続するかなと予想もしたけど、解散と聞いてそれはそれで説得力を感じるグループだった。

売れ始めた兆しの中、本当にこれからというタイミングだったので、そういう意味では今回挙げるアーティストの中でもとりわけ惜しいと思う。

ジャケットで澤さんだけ唯一矢が刺さって、血を流しているというのが、なんとも意味深に感じてしまう『胸キュン’14』

ラジオでかかって初めて聴いた曲、『今夜がおわらない』

5月4日 DEV LARGE (45歳)

色々と肩書きはあると思うけど、最もしっくりくるものはHIPHOPグループ、BUDDHA BRAND(ブッダブランド)のMC、DEV LARGE(デブラージ)。

これもれっきとしたHIPHOPファンとは言えないので、アレコレ語るのは気がひけるけど、BUDDHA BRANDは本当に好きでずっと聴き続けているアーティスト。

初めて聴いたのは高校の頃なので、もう10数年来のファン。
当時はまだケツメイシもリップスライムもヒットチャートに出てくる前で、HIPHOPは完全にアンダーグラウンドなジャンルだった。

そんな時、まだJPOPしか聴いたことなかった自分が興味本位で手に取ったのが当時から名を馳せていたブッダの2枚組ベスト。

衝撃だった。ある意味。

良さが全くわからない。。。
というか、そもそも音楽として聴こえない。

グループ名とかけてるわけではなく、本当にお経みたいにただダラダラ、ブツブツと呟いてるだけという印象だった。

これがHIPHOP?一体どこが凄いんだ???と思う一方で、なんだかわからないけど凄い、というオーラは感じる。
リリックは壮大なる自画自賛の嵐。実際高い評価もされている。

でもだから、余計理解しがたい。理解したい。
と、興味と謎を深めつつ、半ば実験的に聴き続けて半年後。

再度の衝撃。
今度は通常の意味で。純粋に『凄い』と息を呑むような、頭をガツンとやられたような衝撃。

突然モノクロ/アナログ画質がフルカラー/4K画質に脳内で変容するような体験自体も新鮮だった。

それは単純に聴き取れなかった英語が、聴き取れるようになるのと近いかもしれない。
HIPHOP(BUDDHA BRAND)という異文化は最初は馴染めないのが当然で、良さを理解するには意識的に身体を馴染ませる必要がある。

神聖かまってちゃんも『ロックンロールは鳴り止まないっ』でそんなことを歌っている。

昨日の夜、駅前TSUTAYAさんで
僕はビートルズを借りた、セックスピストルズを借りた
「ロックンロール」というやつだ
しかし、何がいいんだか全然分かりません

夕暮れ時、部活の帰り道で
またもビートルズを聞いた、セックスピストルズを聞いた
何かが以前と違うんだ
MD取っても、イヤホン取っても
なんでだ全然鳴り止まねぇっ

それから10数年経った今も、年に何回かブッダにハマって毎回鳥肌が立っている。
全く理解できなかった音楽も聴き続けることで聴こえ方が変わる、という体験も大きく、その後も同様の体験を何度もして、聴くジャンルを広げるキッカケになった。
(かまってちゃん同様、ピストルズもかなりの時間差で衝撃を受けた。)

そういういきさつも含めてブッダは特別な存在。

初めてツタヤでレンタルしたアルバム。『病める無限のブッダの世界 ― BEST OF THE BEST (金字塔)』

DEV LARGEが亡くなった後、ライムスターの宇多丸がラジオで『日本のヒップホップを代表する一曲』と紹介していたのが『人間発電所』。
あるジャンルのNO.1の曲を選ぶなんて普通は到底できないけど、『日本語HIPHOPのNO.1を客観的に選ぶとしたら?』と聞かれたらこの曲を挙げる人は多いのではないだろうか。

もし、お経にしか聴こえないという人がいたら、半年間聴き続けるというのも一興。
大げさではなく、別世界を見られる、かもしれない。

9月24日 samfree(31歳/内因性急性死)

samfree。一般的に有名ではない名前だし、自分もニュースで見たときはピンとこなかった。
samfreeはニコニコ動画で「歌ってみた」動画を投稿する、いわゆるボカロP(プロデューサー)。

有名な曲は『ルカルカ★ナイトフィーバー』『メグメグ☆ファイアーエンドレスナイト』『闇色アリス』など多数。

『良さがわからなくても聴き続けることで変わる』という話をしたけど、VOCALOIDの良さはわからないし、ほとんど聴いたことがない。
良さがわからないというより、『特に良くない』と思うので聴いてこなかった。

そんな中samfreeの曲を聴くキッカケになったのはこの『踊ってみた』動画。

100万回再生にも迫っている有名動画。
これで『ルカルカ★ナイトフィーバー』を知り、実谷ななという歌い手を知り、アルバムを聴いてハマることに。

このキレキレの踊りも印象的で、今考えると背景が『日常的な普通の部屋』というコントラストで踊りの巧さや非日常性を際立たせていてインパクトがあったように思う。
(舞台や衣装が豪華だったら、逆にここまでのインパクトはなかったかもしれない)

一時期、ジョギング中はかなりの頻度でこのアルバムを聴いていたけど、samfreeという名前は結局、亡くなるまで知らないままだった。

さいごに

他にも、BBキングやモーターヘッドのベーシストが亡くなられたというニュースもあった。でも、現状全く馴染みがなく、主旨にも外れるので割愛。
ただ、今後好きになる可能性はあるし、訃報キッカケで聴いてファンになるアーティストもいたりする。

改めて亡くなった日づけを確認したら4月5月が多く、その時期に立て続けに訃報を耳にし、それが『今年は多いな』と感じた要因だったように思う。
(亡くなった日=ニュースとして発表された日ではないが)

稀有な才能の20〜40代というあまりに早すぎる死というのは、ただただ残念の一言。
ニュースを耳にする度に今後生まれるはずだった楽曲を想像して無念に思ったり、(他人事ではなく自分も)生きている内にできるだけライブには行っておきたいと思った一年だった。