Webライティングの重要性を再認識した3つのキッカケとたった一つの大切なこと

昨年、DeNAの「WELQ」問題がキッカケでWebコンテンツのあり方が世間的な注目を浴びました。
どんな問題かざっくりと言うと、「広告費のために、ネットの情報を寄せ集めて適当な記事を大量生産していた」というもの。

しかも、welqの場合は扱っていた情報が医療関連だったため、モラルのなさが強く非難されました。

自分はWebデザインに携わる中、あまりコンテンツ制作には関わったことはないですが、ちょうどwelq問題の前後(welq問題以外)で、Webライティングの重要性を強く実感した出来事が3つほど重なりました。

その3つのことがキッカケで、2016年はWebライティングに対する自覚が高まった年でした。

もちろん重要なものだとは知ってましたが、初めて切実な問題として捉えるようになったという感じです。

若干タイミング的に遅いですが、根本的なライティング問題は今後もずっと続くだろうし、一度そのキッカケを振り返ってみたいと思います。

また、ライティング関連の記事や本を読む中で、一番大事な(でもシンプルで素朴な)ポイントも改めて気づかされたので、その事も最後に書きます。

(ちなみにアイキャッチのテキストは記事下部で紹介してるサイトから引用したもの。)

①「コンテンツイズキング」の悪弊、モラルのないリライト記事を目の当たりに

そういう記事は今でもたくさんありますが、その中でも特にヒドいものを見かけました。

詳細ははしょりますが一ユーザーとしてはなく、制作者側で。
時期的にはwelq問題より前で、問題だと思った理由はほぼwelqと同様。

つまり、「そのジャンルで素人の書いたリライト記事をアップするのはさすがに…」というもの。

ただ、welqはキュレーションメディア、言ったら100%信じるのもリテラシーが問われるような容れ物。
自分が見たのは、そのジャンルの権威のようなサイト。

デザインもしっかりした制作会社が作ってるので、見た目も信頼性も満点。
そんなサイト内でクラウドソーシングで大量発注したようなリライト記事をSEOのために載せている。。

簡単に言うと、welqと同じ事を立派な大病院のサイト内でやってるようなものです。

さすがに、そんなページが検索上位を占めるようになったら…と想像するとゾッとするものがありました。

コンテンツseoは今後どうなるのだろうと考えさせられました。

文章は誰でも書けるものではない、と実感

Web制作の際に、クライアントが作成した原稿を受け取った時に思ったことです。

そのままの文章じゃとても使えないというレベルのものが結構あり。
「文章は誰でも書けるものではない」と実感させられました。

さらに問題だと思うのは「書いてる本人は自分は書けてると思っている」こと

ある意味それは当然で「日本語の文章が書けない」と思っている人はいません。
でも実際原稿を読むと意味が分からない。

よくあるのは、(BtoCなのに)業界の専門用語が使われている、など。

そして、そんな文章を書いたクライアントが「cvを上げたいからボタンを動かす仕様に」や「seoのために被リンクを」と言っているのを聞きます。

いや、意味が伝わる文章を用意するのが先だろうと…。

そういったライティングに対する意識の低さ自体が問題だと思いました。

同時に「じゃあ自分はちゃんと書けてるのか?」と自問すると特に体系的な知識もなく…。
Webライティングや文章の本を買って勉強し直すきっかけになりました。

③ブログを100記事書いて読まれる記事と読まれない記事の差を実感

このブログでの話。
特に目標として意識してきたわけではないですが、やっと100記事到達。

このブログは元々就活用のポートフォリオのために制作したものでした。
なのでメインは作品を載せたポートフォリオページ(今は削除済み)

のちにブログだけ残って更新を続ける中でも、一番の目的はイラレ記事など自分の勉強のため。
pvも気にせず書いていました。

ただ、100記事書くと歴然と読まれる記事と読まれない記事の差が出てきます。
もう1000対1以上の圧倒的な差がある。

そこまでの差を目の当たりにすると、「どうせなら多く読んでもらえるものにしたい」、「検索順位やpv、収益など目に見える形での結果にも繋げたい」という意識も自然と出てきます。

「読まれなければ存在しないのと同じ」という事を肌で感じて、やはり色々意識して書かないとと思わされました。

自分が体験したリライト作業の虚しさ

結果を意識と書きましたが、これからも基本は「自分のためになること」や「書きたいこと」を一番に、と思ってます。

というのも実は数年前コピペに近いリライト作業をやった経験があり、「書きたくないこと、無意味なものを書く作業」の虚しさを体感したからです。

(ちなみにクラウドソーシングではなく、自発的なものでもないです。。)

他のサイトの情報をつぎはぎしただけの、何の価値もないものを延々と作る。
しかも「本当っぽくない」という「そりゃそうだろう」というダメ出しで何時間も書き直しさせられる。。

心の底から「自分は一体何をやってるんだろう」という気分になりました。
1分たりともこんなことに時間を使いたくないと本気で思いました。

数値的な結果を狙うにしろ、書くこと自体で目的を果たせる記事や読んで役に立つものを書いていきたいと思います。

随分真面目に聞こえるかもですが、普通に考えて興味ない事を何千字も書くのは苦行でしかなく、続けられる気がしません。。

Webライティングに大切なたった一つのこと

昨年末くらいからある程度まとめて本や記事を読みました。

書かれてるポイントはたくさんありますが、ギュッと要約すると、ある一つのことに集約できると思いました。

大事なのは「読み手に親切か」「読み手の役に立つか」といった「読み手のことを考えること」
それに尽きると思います。

なんだそんなことかという結論ですが、これが難しいというか、これと数値的な目的を両立させるのが難しいんだと思います。

今回は「キッカケ」メインの記事で詳しくは書かないので、一冊だけ参考になった本を紹介しておきます。

紹介するまでもないくらい有名かもですが、1冊紹介するならこれです。

本との違いは未確認ですが、ネットでも読めます。
「沈黙のWebライティングーWebマーケッター ボーンの激闘ー」

「秩序なき引用、失われたオマージュ」「愛と論理のオウンドメディア」など、目次みただけでタイムリーで賛同できる内容だとわかりますね。

特にネットでは「文章はセンスではなくロジック」みたいな二項対立の論調が多い中、愛も論理もどちらも大事だと訴えるボーン片桐は信頼できると思いました。
さすが1サイトにつき報酬が1,000万。

気持ちだけでなく、Web特有の考え方、テクニックを知ることも大事なので、今まで意識したことがない方はぜひ目を通してみることをオススメします。

さいごに

この記事を書きながら、以前Webでの文章の大切さを訴えたサイトが話題になったのを思い出したのでリンクを貼っておきます。
今読むとまた改めて身にしみます。

「これはウェブページです。」

「ウェブで一番強力な道具は、今も昔も言葉です。」

「もしあなたがウェブデザイナーか、ウェブデザイナーのクライアントなのであれば、まずは言葉から考えてみてください。スタイルガイドやフォトショップのモックアップからではなく、言葉から始めるのです。」

「ウェブデザインの本質は、言葉です。」

「言葉からはじめましょう。」