【Webデザイナー必読のSF小説の金字塔】『ハーモニー』伊藤計劃

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伊藤計劃(けいかく)という小説家に「ハーモニー」という作品がある。
ジャンルはSF。発売は2008年。
第40回星雲賞(日本長編部門)および第30回日本SF大賞受賞。
「ベストSF2009」国内篇第1位という錚々たる受賞歴からもSF好き・本好きなら既に知らない人はいない位の傑作である。

それをあえて今さら紹介するのは、主にWebデザイナーを対象にしたこのブログでWebデザイナーの方にオススメしたかったから。

伊藤計劃という作家は元Webデザイナーという(SF作家としては)異色の経歴をもっている。
そして、この「ハーモニー」はその職歴が如実に反映されている作品なのである。

『ハーモニー』はETML言語でコーディングされたSF小説

Webサイトを構築するマークアップ言語であるHTML言語(HyperText Markup Language)。

伊藤はそれをアレンジしたETML言語(Emotion-In-Text Markup Lauguage)という架空言語を造り、それで小説の文章をコーディングしていくという表現を試みている。

小説の冒頭はこんな記述で始まる。

<Emotion-in-Text Markup Language:version= 1.2 : encoding=EMO-590378?>
<!DPCTYPE etml PUBLIC : -//WENC//DTD ETML 1.2 transitional//EN>
<etml:lang=ja>
<body>

HTML5からの人には見慣れない形かもしれないけど、HTML4.01以前からの人には見慣れた文書型宣言(に似てる)だろう。
(自分はぎりHTML4.01から始めてるので『transitonal』とかすごく懐かしい。)

小説の冒頭がこれで始まるということは、もう予想がつくように小説の終わりは次のタグで閉じられる。

</body>
</etml>

小説中の文章も随所でこのetmlタグでコーディングされている。
例えば、

<silence>
キアンが死んだ日。十三時十六分。
死の直前。
あのうつむきの時間。
<fear>
わたしの背筋が凍りつく。あのとき〜(略)
</fear>
わたしは震える指先で、通話リストの点滅している項目に触れる。
音声記録が開かれる。
</silence>

これだけじゃよくわからないかもしれないけど、HTMLを知っていて、なおかつ「読書好き」という方はきっと興味深いしワクワクするハズ。

しかも、ETMLは単なる表面的なギミックとしてだけではなく、ラストに作品の根幹的なテーマと密接に結びついた存在意義があるということが理解され、そこがまた唸らされる。

(しかし、重要な最後の一文も、あるプログラム言語で締めくくられていて、そんなの知らない読者が大半なのに冒険するなーとも思った)。

ストーリーのあらすじと感想

ストーリーのあらすじと感想。

あらすじ

物語の舞台は、21世紀後半の日本。

「大災禍<ザ・メイルストロム>」という世界規模の放射能災害を体験した社会は、過剰に健康と調和を尊重する社会システムを構築していた。

メディケアというテクノロジーで病気は全て消滅し、個人はなべて社会の物、公共的身体であるというリソース(資源)意識が蔓延する超高度福祉厚生社会。

そんなセカイを疎んじる主人公トァンとミァハ、キアンという三人の女子高生。

彼女達は、自分の身体、意識の所有権を社会から奪回するかのように自殺を図る。

しかし、三人の内ミァハは死ぬが、主人公トァンとキアンは生き残る。

それから13年、セカイと折り合いをつけながら生き続けるトァンは突如起こった全世界同時多発自殺事件という混乱に巻き込まれ、そして、その事件の果てに死んだはずのミァハの姿を見るー

感想

面白いと思ったのが、放射能災害を体験した社会がその反動で過剰な調和(ハーモニー)を重んじるようになったという世界観。

これは3.11を体験した日本が、年末の「今年の漢字」に「絆」を選んことに象徴される風潮に符号していて、レベッカ・ソルニットが『災害ユートピア』という著書で指摘した現象に通じる。

アマゾンの内容紹介から抜粋。
(ちなみに自分は買って読んだわけではない。)

「大惨事に直面すると、人間は利己的になり、パニックに陥り、退行現象が起きて野蛮になるという一般的なイメージがあるがそれは真実とは程遠い」

「地震、爆撃、大嵐などの直後には緊迫した状況の中で誰もが利他的になり、自身や身内のみならず隣人や見も知らぬ人々に対してさえ、まず思いやりを示す」

ある意味東日本大震災後の日本を世界規模でデフォルメして描き出したのがこの「ハーモニー」と言える。

しかし、主人公たちはそんなセカイを嫌悪する。

いくら過剰といえど、聖徳太子の頃から『尊しとなし』と言われてきた調和(ハーモニー)を毛嫌いする心情に読者は最初首をひねるかもしれない。

でも、自分はこの心情すんなり理解できた、というか自分自身感じたことのあるものだった。

どういうことかというと、誰もが知ってる名曲中の名曲。

ジョン・レノンの「イマジン」。

自分は昔からこの曲(歌詞)が生理的に受け付けなけなかった。
この歌詞の世界観と「ハーモニー」が指向する世界像はすごく似てる。

例えば、

「いつかあなたもみんな仲間になって
きっと世界はひとつになるんだ。
想像してごらん 何も所有しないって
あなたなら出来ると思うよ
欲張ったり飢えることも無い
人はみんな兄弟なんだって」

完璧に調和のとれた一なる世界。

「ハーモニー」はそんな究極的な調和がとれたとしたらそれはどんな状態か?
というビジョンを示している。

それは決してユートピアとしてではなく、ディストピアとして。

(SFが描く「ユートピア」は端緒となったトマスモアの「どこにもない場所」の原義どおり、つまるところディストピアに過ぎないし、現実においても、一義的に絶対的に行使する平和やら正義はむしろ危ういというイメージが強い)

ちなみに、松本大洋の「ナンバーファイブ」というSFファンタジーでも、「ハーモニー」と同じような究極的な一なる世界を指向するマイクというキャラクターがいて、最後彼は主人公ユーリに射殺される。

イマジンを歌ったジョンもチャップマンというライ麦オタクに「インチキ」と糾弾され、射殺されてる。
もちろん、チャップマンの肩をもつわけではないけど。

話を戻して。
今、イマジンに感じた拒絶反応を言葉にするなら「そんな状態、人間の自然性に反してる」と言えるかもしれない。
(言い方を変えると、対立や争い、エゴや欲望も含んだ多様性の均衡状態こそむしろ自然で健全な状態だと思う)

それで、まさに伊藤計劃も究極的な調和とは何か?という問いに対し、人間の自然性に反したものとしての姿を解として提出している。
(そこでETML言語が活きてくる)

だから、終始この作品には共感できる部分が多かった。

また、伊藤計劃の作品はSF的意匠を凝らしているけど、その後景には深い哲学的背景が広がっているし、チョムスキー、フーコー、ハクスリー、ボルヘス、イニシャルD、戸川純など思想哲学文芸から音楽、サブカル要素が随所に散りばめられていて、本好きサブカル好きな人は読んでいて楽しいと思う。

さいごに

序盤で書いたWebデザイン絡みの理由で『ハーモニー』を紹介した。
ただ、この作家の処女作は『虐殺器官』で、先に読むのであればやはりこちらをオススメしたい。

残念なのは伊藤計劃のオリジナル長編はこの二冊だけということ。
ガンの闘病中に『ハーモニー』を執筆し、その後34歳という若さで亡くなっている。

末期の病に侵されながら、テクノロジーで病気が消滅した世界をディストピアとして描く心境とはどんなものだったのか。
想像すると切なく複雑な気分になる。

ともあれ、伊藤計劃はこの二冊で間違いなくゼロ年代で最も影響のあるSF作家となっている。

「10年に一人の逸材」なんてただの慣用句になってしまったけど、この人は本当に10年に一人じゃきかないほどの才能だった。

なおかつ、『元Webデザイナーで』という条件で括ったら、確実に最初で最後の才能だろう。
そもそも、他に元WebデザイナーのSF小説家なんていないし(おそらく)。

どうすごいのか(具体性に欠けるかもしれないが)、補足すると、
自分は音楽とか他のジャンルでも、『奇跡/天賦』と感じる才能には次のような特徴がある。

POPなのに浅くなく、深遠なのに複雑じゃなく。
オリジナリティ全開なのにゆるがない普遍性をもっている。

POP or 深遠。オリジナリティ or 普遍性。
それらは通常、メーターの両端にあり、シーソーのような関係にある。
だから普通はどちらかによっているもの。

でも、突き抜けた作品・作家はメーターの針が二つあって、それぞれが両端に振り切っている。
そんなありえない状態をしれっと成している。

それは、いわゆる『もっている』人しか成し得ないもので。
伊藤計劃はまぎれもなくその奇跡の人だったと思う。

今でも本を読み返すと、想像することがある。

HTML5に移行した今生きていたら、またHTMLをネタにしたSFを書いていただろうか?
書いていたとしたら今度はどんな切り口で書いていただろう?

きっとWebデザインに携わっている自分は他の読者より楽しめたはず。
そんな想像をしては残念に思う。

あまりSFは読まない、WebデザインがネタになってるSF小説なんて知らなかったという方がいたら、ぜひチェックしてみて欲しいと思う。